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2009.04.06 *Mon

「怒り」の価値

a51bbb54-s.jpg
(画像はMARINA CHANNELより転載しました)

広島市による市民球場看板撤去の件につきまして、
他ブログにて、看板撤去については、市の条例改正によって決められたものであり
手続きとしては正当なものである、もし意義があるのなら、条例が提出されたときに
意義を唱えるべき、とのご意見を寄せられた方がおられました。

意見に正誤をつけるなら、正しいご意見だと思います。
しかし、納得のできない部分もあったので、新たにこちらに
記事を立てさせていただきました。

そもそも、公務員というのは国民・県民・市民に対してサービスを提供
することを生業としている職業です。そして、税金からいくばくかの
給料を貰って生計を立てているわけです。
そのわりに公務員は業務的なミスをして、それにより公民にたいして
損害を与えることがあっても、よっぽどのことがない限り個人的には
その責を負うことはありません。
個人事業者は自らのミスはすべて自らへの損害となります。
それだけ公務員は守られていることを前提に考えてほしいのです。

手続きは正しい事案があったとしましょう、しかし、それにたいしては
市民は納得していない。このような場合、市民は、手続きが正しいからといって
怒りの声を上げてはいけないという考えは違うのではないかと思うのです。
それによって自分は損害を被るであろうことが予想される、しかし
行政は自らに責任が及ぶことがないので、そのような個人への損害など
考慮もせず、上からの命によって手続きの正当性のみを考えて
ことを進めていく、このようなときにすぐにあげられる態度表明は「怒り」しかない
のではないでしょうか。

もちろん正当な手続きとして行政を止める手段は存在します。しかし
誰もがその法的な手続きを知っているわけではない。そもそも
多くの行政的な事案が議会を通っていく中でそれらをすべて
認識するなど、日常生活の中ではかなり非現実的なことだと思います。
たしかに、あのときに声を上げればよかった、そういうことはあるでしょう。
でも、だからと言って声を上げないとそのときの怒りの思いはすべて
無価値になってしまうのではないでしょうか。

いまAFHがやっていることはほとんどが、「なんであのときやらなかったのか」
「いまになってやって意味があるの?」と揶揄されてしかるべき行動
かも知れません。

でも、怒りは形にして表明して初めて価値があるものなのではないでしょうか。

そして本来公民の声に沿ったサービスを提供すべき公務員であり行政は
そのような怒りの声には手続き以前に本質的に耳を傾けるべきなのでは
ないでしょうか。

AFHをはじめこの件にかかわる全ての人間は一つ一つ勉強しながら
進めていくしかありません。市民運動なんてほとんどの人が初めてなのですから。
しかし、そこに必要なのは行政の手続きとか法的正当性とか、そういうものも
超越した心の叫びであり、感情であり、怒りや悲しみであり、思い出であり
そういうやわらかいものが生み出す原動力なのだと思うのです。

他ブログで指摘をされたかたの意見を否定するつもりはありませんが、
「いまさら」論に凹んで気持ちを抑える必要もないと思います。
様々なリサーチも議会を巻き込んだロビー活動も、綿密な資金計画も
そして、みんなの気持ちを動かすイメージ図も必要ですが、それを左手とすれば
右手に必要なのはみんなの熱い思いだと思います。
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CATEGORY : コラム | THEME : サッカー | GENRE : スポーツ

COMMENT

スタ熊さん、お返事が遅くなりました。
「誰もが使える場所」というタイトルでスタ熊さんは私の質問にお答え頂いたのに、私は大変時間がかかってしまいました。ご容赦下さい。

また、今回の記事に付いての私なりの意見はマスターNさんのブログのコメントに書き込んでおりますので、ご存知かと思いますが、もうひとつ、今日のスタ熊さんの記事を読んで、大変失礼なことと思いますが、二点あえて書き込ませて頂きます。

私は昔、少しだけ法律をかじったことがあります。そのときに聞いた話を思い出します。法律というのは何のためにあるのか、価値観というのは人それぞれで、思想も個人の頭の中にある限り『完全に自由である」、しかし、一度、表明されることで何らかのコンフリクトが生じた場合、判断する人間の恣意で左右されることがないよう、共通の規範を持ち,それに従って誰がどのような形で運用しても同じような答えが出るシステム、それが法である、そして、日本は「法治国家」だというような話だったと思います。条例も一人の人間が制定したものではなく、市議会という選挙によって選ばれた市民の代表が審議をして制定されている限り、それは一応は「市民の意思」と「推定」すべきではないでしょうか。そして、それに対して反対の意がある市民は、皆さんがされているとおり、市議会議員を通してそれを意思表示出来たはずなのではないかと思うのですが。

広島市民でないすた熊さんが、この件につき歯がゆく思われるお気持ちはよくわかりますし、広島市民の一人として大変申し訳なく思います。

>怒りの声には手続き以前に本質的に耳を傾けるべきなのでは
ないか

お書きになっている通りですが、広島市内に住んでいる私は、「一体どれほどの人間が怒っているか」「怒っていることを表明しているか」ということをよく考えます。

怒っている人はたくさんいるでしょう。しかし、それは何のために怒っているのか、私の目には多くの人々は自身の利益のために怒っているように移ります。今では、私はあの小さな球場がそのような利害の葛藤の渦の中で揉みくちゃにされるくらいなら、ただの公園になって、沢山の市民の憩いの場になってくれた方がいいとさえ思います。

全く失礼で申し訳ないのですが、私の目には「市が全く耳を貸していない」ようには見えません。残念ながら、私の目には皆さんの方が「サッカースタジアムへ改修」以外の話には耳を貸さないと言っておられるように見えるのです。

これらの感情は、私の知識、経験の浅薄さから生じた誤解であるかもしれませんが、、、

2009/04/07(火) 00:30:45 | URL | obaaba #- [Edit
obaaba様 いつもご意見ありがとうございます。
>条例も一人の人間が制定したものではなく、市議会という選挙によって選ばれた市民の
>代表が審議をして制定されている限り、それは一応は「市民の意思」と「推定」すべき
ではないでしょうか。

これについては理想的にはそのような状態であるべきでしょう。
しかし現実には首長にも議員にも任期があり、そのなかで乖離が起こる可能性は
十分ありますよね。今の自民党政権も然りです。

>そして、それに対して反対の意がある市民は、皆さんがされているとおり、
>市議会議員を通してそれを意思表示出来たはずなのではないかと思うのですが。

確かに市民団体としてはまだ勉強中のAFHは全ての条例案に目を通しては
いなかった。そこには課題があると思います。これはマスターもおっしゃって
いるとおりだと思います。しかし、だからといって泣き寝入りでいいのかと
申し上げたいのです。法律はたしかに民意に「コンフリクト」が起こったときの
解決方法としてあるものだと思いますが、その前に行政が市民のための行政を
行うことはそれ以前の問題だと思うのです。

次に、市民のどのくらいの割合が怒っているかというのは、まだその判断を
下す時期ではないと思います。そのくらいまだこの
問題の認知度は低いと
考えています。これがみんなが知っている問題であれば、怒りの表出の
価値もどうかと思いますが、今はまだ知られていない。だから、
遅かろうが早かろうが、意見と感情の表出に価値があるということを
申し上げているのです。
obaabaさんのご意見では、少数個人の利害よりは多数の人の憩いが大事と
そのように書かれていると理解しますが、我々は、多数の憩いも少数の利害も
共に解決できると考えているので、我々の案を推しています。
利害の葛藤が起こるような解決案を提示していないという自負があります。

我々はサッカースタジアムへの改修だけを提案しているのでは
ありません。
適度な緑地、平和祈念施設、既存と競合しない劇場と併設できる
平和やスポーツの博物館を兼備した多目的スタジアムを提案して
いるのです。そして、そのなかに、可能であれば、新しく
都市公園と併設が可能となった商業施設(立体都市公園制度)を併設
できれば、さらに市民の望む姿に近くなるのではないかという
可能性を提示しているのです。
サッカースタジアムを中心に据えているのは、それが一番既存の
市民球場を有意義に、有効に再利用でき、また集客も収支も予測できる
既存コンテンツなので、それを推しているのです。

市の案のパーツは全て入っていますし、市ができないと言っているが
市民からの要望の一番多い商業施設と二番目に多いスポーツ施設の
両方を兼備する計画案です。

それでも、「サッカースタジアムへ改修」以外の話には耳を貸さない、と思われますでしょうか。
2009/04/07(火) 01:01:43 | URL | スタ熊 #tIzNQ2cE [Edit
先ず、古池さんと一緒に市の担当部署まで足を運ぶobaabaさんの行動力をリスペクトします。それを踏まえた上で…

>今では、私はあの小さな球場がそのような利害の葛藤の渦の中で揉みくちゃにされるくらいなら、
>ただの公園になって、沢山の市民の憩いの場になってくれた方がいいとさえ思います。
結局これさえも、感情を鎮静させる為の個人的利益を求める事にならないのかな?
それが“怒り”か“憂い”かの違いはあるにせよ、です。
そういう感情こそ人を動かす契機になる訳で、正当な手順とか筋論を百回説かれても心は動きません。

件のお方のブログには、オープン後の“新”市民球場を散策されての感想がありますね。
>いい雰囲気の球場になりました。何も無い日でも公園として充分に楽しめます。

スタ熊さんのピースヒルプランは、まさにそこを志向するものだと思いますがね。
2009/04/07(火) 04:27:22 | URL | パーラー #xhsqysMA [Edit
おはようございます。

”ご意見を寄せられた方”だの”件のお方”だのとケツの穴がむずかゆくなるような呼ばれ方をされているふがじんです。

いや、別に”あのやろー”でも”こんちくしょう”でもかまなわないのですけどね。

スタ熊さんがおっしゃられていることは正しいです。理不尽だと思う行政の行いに市民が異を唱えるにはその場で怒りを訴えるしかないというのも理解できます。

しかし、だからこそあえて異を唱えるのです。もっとアンテナを張りなさいよと。新聞に出ているのが全てではないよと。

広島市外にいらっしゃるスタ熊さんには理解できないかもしれませんが跡地問題に関して広島市はあらゆる手を打ってきています。そのさまざまな手段が実際に報道されるのはそのごく一部ですし、ネット
では更に減りますしかし、この辺りは広島で働いていれば嫌でも耳に入ってくるのです。相手は海千山千です。

それと私は運動や意見表明は手段で怒りや情熱は原動力だと考えます。怒りや情熱に共鳴できる人も怒りの上げ方に見苦しさがあれば共感から離れるのではないかというのがあのコメントの動機です。


2009/04/07(火) 06:42:33 | URL | ふがじん #- [Edit
ふがじんさん、コメントどうもありがとうございました。
ご説明、おっしゃるとおりです。我々も常に注意を払わなければいけません。
ちょっと気になったのが「何でいま頃」という言葉でした。
しかし、誤解も解けました。強いエールと考えて、今後も行政の動きに
どのようにアンテナを張るかをAFHで検討してみたいと思います。

言葉の使い方も、我々は今後気をつけていかなければいけないかも
しれませんね。こちらもちょっと自省しております。
2009/04/07(火) 07:01:47 | URL | スタ熊 #tIzNQ2cE [Edit
スタ熊さん、いつも迅速なお返事大変恐縮です。
私は、日頃、ものを考えたり書いたりすることがほとんどない生活をしています。皆さんのコメントを読ませて頂くと、私の文章がつたないせいで私の意図することが上手く伝わっていないように感じましたので、少し加筆させて頂きたいと思います。

>少数個人の利害よりは多数の人の憩いが大事

と書いたつもりはなく、どのような案にせよ、「多くの人の求めるもの」でないと、既にある程度まですすんだ市の案を覆すことはできないのではないかと考えています。

私自身はすた熊さんのえがかれている「ピースヒル構想」は本当に素晴らしいものだと思っています。全てを実現することが無理でも何らかの形で跡地計画に反映されればと願っています。

私が言いたいのは、広島市民の多くがそう思わなければ、この話は俎上にすらのらないのではないか、ということです。それが杞憂であるならば、その方がいいのですが。

また

>この 問題の認知度は低いと 考えています。

これは本当でしょうか?
私は広島市内に10数年住んで、家族のそれぞれの社会生活に、妻として、母親として関わって生活してきました。一般社会で活躍されている皆さんからしたら、大変限られた範囲だと思いますが、その狭い範囲でも、「市民球場が解体される計画だったこと」「市の跡地利用案に反対があること」を知らない人はいません。知ってはいても自分に直接利害関係がないので、この問題に無関心な人がほとんどでした。

繰り返しになりますが、市の案を覆すためには、そういった層をも巻き込むうねりにならなければ、と思います。

最後に、

>「サッカースタジアムへ改修」以外の話には耳を貸さない、と思われますでしょうか。

この問いへのちょうど対偶にあたる(すみません、私は数学がとても苦手なのでもしかしたら「対偶」の概念を間違えているかもしれません)私の質問へのお答えはまだ頂いていないように思います。

市民球場であるサッカースタジアムが、市のスケジュールにより運営されることとなってもサッカー、そして、スポーツ文化の普及と発展のため、サッカー専用スタジアムをあそこにお持ちになりたいとAFHの皆さんはお考えだと理解してよいのでしょうか?
みなさんが表明していらっしゃる活動理念を言葉通り理解すると、それはサッカースタジアムでなくても、たとえば「スポーツミュージアム」と保存されたスタンドを用いたグランドでもいいように思いますが、どうなんでしょうか。

改めて書きますが、私は個人としては「ピースヒル構想」が現実となればいいと思うカープファンでありサッカーファンです。しかし、それと同時に、この街で生活し育っていく子ども達の母親でもあり、子ども達の友達の「おばちゃん」でもあります。私が、スタ熊さんのブログ記事に書くコメントは、この『広島に住む普通のおばちゃん』的感覚をできるだけリアルにお伝えすることも私に出来るサポートの一つと思っておりましたが、かえって失礼なことだったのかもしれません。お許し下さいね。

2009/04/07(火) 23:19:45 | URL | obaaba #- [Edit
>『広島に住む普通のおばちゃん』的感覚
違うと思う。
勝手に代表しないで欲しい。
2009/04/08(水) 10:21:25 | URL | lilic #- [Edit
obaaba様
我々が自らの主張をできるだけ解りやすい形で
できるだけ多くの人に理解いただくことは
多くの同意を得るための最低限のアクション
であることは理解しておりますので、いまのまま
ではまだまだ不足であることは理解しております。
この点は確かにご指摘どおりです。

認知度ということについては、トピックの見出しは
知っていても、我々が訴える問題点についてまでは
理解していただいていない、というところも含めて
だと考えています。無関心層を巻き込まなければ
いけないというのは全く御意です。

>市民球場であるサッカースタジアムが、市のスケジュールにより
>運営されることとなってもサッカー、そして、スポーツ文化の普及と
>発展のため、サッカー専用スタジアムをあそこにお持ちになりたいと
>AFHの皆さんはお考えだと理解してよいのでしょうか?

少なくとも私はそう考えています。
あの場所を今後も管理をしていくのは、広島市が望ましいと考えており
その意味では、市の運営スケジュールに沿ってサンフレッチェの興行は
組まれることは当然のことだと思います。
例えば、市がスタジアムを使ったイベントを計画し、スケジュールの
問題で、その節はBA開催になっても、それは些細な問題と思います。
しかし
>それはサッカースタジアムでなくても、たとえば「スポーツミュージアム」と
>保存されたスタンドを用いたグランドでもいいように思いますが、
>どうなんでしょうか。

これは全く違うと主張したいです。
スタジアムはスポーツ興行の観覧のためのものであり、文化遺産的に
その用途を剥奪された形で保存されても全く意味がないと考えます。
市民球場を殺さないために、この計画を掲げています。
市の案や、他の市民団体の案で、特に活用の用途を提示しないままに
スタンドの保存を提案しておられるのを見ると、本当にそれでいいの?と
強く感じます。それを市民球場は望んでいるのかと。

用途を与えられて、光を放った道具は、用途を失うと、いかに文化的な意義や
デザイン的な秀逸さ、歴史的価値を謳われても、そのものが持っていた
最高の輝きを発揮することはもうできないと考えています。

私の考える市民球場保存とは、そこにきちんとした
用途がないと無意味だと考えます。

ただ、これではあまりに概念的過ぎて、説得力がないかもしれませんね。
もう少しうまく説明できる方法がないか考えて見ます。

lilicさん
我々が話をしていかなければいけない相手の人々はありとあらゆる層の
市民ですよね。そういう意味では、obaabaさんの意見は代表ではないですが
とても大事な練習問題です。一緒に解いていきましょう!

2009/04/08(水) 23:27:05 | URL | スタ熊 #tIzNQ2cE [Edit
横レスになりますが、まず、lilicさんへ

はじめまして。スタ熊さんを始め関係者の方々に色々と『うざいこと」を書き送ってご迷惑をおかけしていますobaabaと申します。前述いたしましたように、私の乏しい文章力のせいで何か誤解があるようなのですが、私は「普通のおばちゃんの1人としての感覚」というつもりでして「普通のおばちゃんの代表」のつもりではないんです。あくまでも私の住む狭い世界での話でありますし、、、何か不快に感じられたようでしたら申し訳ありませんでした。

スタ熊さん

お忙しい中、いつもながら迅速かつ丁寧なご返信、本当に感謝致します。ご返信コメントを一読して、私がスタ熊さんにお伝えしたかったことはなんとか届いたように思いました。私はずっと、スタ熊さんが広島県外でご活動されていること、多くの情報収拾、情報発信をインターネットというバーチャルな中で行われているように見えることで不安を感じていました。おそらく、私とスタ熊さんの育った広島は年代的に一部重なるのではないかと思います。しかし、現在、広島に住む私が感じる空気をスタ熊さんがご存知かどうか、そのことがずっと気になっていました。

大変失礼なお節介だったと自覚しているつもりですが、にも関わらず寛大なご対応頂いたこと本当に有り難く思っています。色々とお怒りになることも多いかと思いますが、「平和を希求するヒロシマ」を未来に拓く「ピースヒル構想」であればこそ、強いお心で対話を求め続けて頂きたいと願っています。
そして、私も皆様の真摯な思いがせめて協議の場に上るよう「普通のおばちゃん」なりに動いてゆきたいと思っています。

色々と本当にありがとうございました。お体ご自愛の上、一層のご活躍をお祈りします。
2009/04/09(木) 00:13:10 | URL | obaaba #- [Edit

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